2013年7月4日木曜日

こんてにゅーわーるどおーだー! 1、継続世界の百合まみれ


 

 西暦2020年
 または創世歴25020年
 または合同歴100年


 4月6日15時30分


「わはは!!! すごい!! 美人凄い!!」
「よかったなあ、ミミミカ。これで野望に一歩近づいたんとちゃう?」
「うん!! あー、いいわ。凄い良いわ。やっぱ女の子だわ。あ、悦子、次これね、メイド服」
「なんで私が奉仕者の服なんて……解りました、解りましたから……」
「カンナもね?」
「うちも? ええよー」
「祝・エス研創部記念!! 派手にやるわ、主にベッドとかで!」
「勘弁してください」
『地球同性友愛文化研究会』略してエス研の部室は、日本文化とイリアーネ大陸文化を融合した貴族趣味に埋め尽くされ、あちこちとゴテゴテの原色装飾品が目立ち、調度品も無駄に高い。
 そんな場所へ強引に連れ込まれて奉仕させられる私は、このトンデモ女『大仙宮寺宗左衛門丞美々美花』の衝動的感性、衝撃的配慮の無さに辟易としていた。
「ミミミカ、これ、サイズ小さいんですけど」
「そりゃそうよ。サイズ小さく注文したんだから。うわ、むちむちね……金髪エルフのむちむちメイド服って……何、誘ってるの?」
「貴女がやらせたんでしょう!!」
「お、似おとるなあミナリエスカ」
 おんなじ恰好をした豊臣・マナエスカ・神無月が、ポーズを取りながらミミミカを楽しませている。
 一体どんな教育を受けたらああなるのか。私はああはなりたくない。
「マナエスカは黙ってください……胸元がキツ……これじゃ乳首見えちゃう……」
「わ、わざわざ口にするあたり、解ってやってるのかしら、この子……ヤバいわね、カンナ」
「はああ。かわええ、かわええよ、ミナリエスカ」
「うううっ……」
 自分の耳が垂れるのが解る。精神状態を如実に表してしまう為、私達種族の耳は口ほどに物を言う。
「わははは!! これからドンドン部員を集めるわ!! 優雅に瀟洒に行こうじゃないの!!」
「おー! やったるでー!」
「くう……なんでこんなことに……」
「乳首見えるわよ?」
「ひゃはうっ」
 あの時、例え自らの体裁を捨てたとしても、逃げていたのならば、こんな見苦しい事にはならなかっただろうに。
 そう、あれはつい三十分前……。


 4月6日 15時


「動くな……私はレズだ」
 そのように言われ、私は戦慄した。
 主にコイツ何言ってるんだ、という衝撃である。
 私は今、胸を後ろから鷲掴みにされた状態で、なおかつ股の間に太股を突っ込まれ、壁に押さえつけられている。戦慄という言葉がふさわしいか否かは別として、危機的状況下である事には変わりなさそうだ。
「え、いやその、何?」
「少しでも動いてみなさい。アンタは私の甘美でデンジャラス極まるテクニックによって一発昇天よ」
「レズ怖いですね……」
「――ふん。動じないわね。流石ミナリエスカ。その名は伊達じゃあないのかしら?」
 そのレズさんは私の胸から名残惜しそうに手を引き、壁に手を当てて私を追い詰めている感を演出しているものの、私は別に追い詰まっていない。
 元から変なのが多い学校なので、それほど衝撃はないのだけれど、流石に進級三日目で女の子に胸を鷲掴みにされた挙句今にもキスしそうな距離に顔を詰めてくる女子生徒がいるとは思わなかった。
「それで、どちらさまで」
「そうね、名乗る必要があるわ。例え私が空前絶後、抱腹絶倒の超有名人だったとしても、貴女が知らないのも無理はないわ?」
 空前絶後も抱腹絶倒も何処の言葉にかかっているのかは不明だ。
 まあしかし、青みがかった黒く艶やかな髪に、日本人とイリアーネ大陸人の人型種族が三親等内に入っているであろうハッキリとした顔立ちは実に麗しく、私個人としても美しく見える。
 遠くまで聞こえる透き通った声であちこち喚きまわっているとすれば、確かに誰もが知っていそうではある。
「大仙宮寺宗左衛門丞美々美花(だいせんぐうじ むねざえもんのじょう みみみか)よ。聞いた事ぐらいあるでしょう。有名人だし。あ、まあ私が有名なんじゃなくて、私の実家が有名なんだけれど」
「ああ、衝突地域第二門(コネクト2)を管理してる、大仙宮寺の」
「祖父は大政治家で実家は大財閥よ。さあ、ひれ伏すといいわ。それか性的な関係を持つかのどちらかよ」
「生憎貴女に下げる頭はありませんね」
「そりゃそうよね、ミナリエスカだし。あ、言ってみただけよ?」
 こんな事になるならば、早く寮に帰ってけばよかった。
「佐藤・ミナリエスカ・悦子です。まあ大仙宮寺さんなら、たぶん父もお知り合いでしょうね」
「そうそう。というわけで、今日から貴女には私が創立した部に入部してもらう事になったわ」
 なるほど。私は頷く。
 こいつは関わっちゃいけないタイプの人間だ。
「私、もう寮に戻らなきゃいけないので、失礼します」
「まあまあ、いきなり私に声をかけられたら、そりゃあ驚くのも無理ないわ。アンタ達ミナリエスカのエルフだって裸足で逃げ出す程の超絶美人が声をかけてきたら、そりゃあ驚くのも無理ないわ」
「うん。なんか言語能力も怪しいですね。失礼します」
「そんな口をきいても良いのかしら、ああ良いのかしら?」
 そういって、なんだっけ、何さんだっけ。ミミミカさんか。ミミミカは懐から結晶板を取り出す。
 湧出した映像には、私が拾った百円玉をポケットに突っ込む姿が収められていた。
「ばら撒くわよ」
「そ、それで私の? 弱みを? にに、握ったつもりでいるの?」
「うわ、思いの外効いたな……まあ、中等部の頃から品行方正、才色兼備の美人エルフ御姉様として通っていた貴女が、まさか百円玉ネコババしたなんて事が皆にバレたら……たまんないわよねえ?」
 不覚。不覚だった。
 別にお金に困っている訳ではないのだけれど、百円なんて拾ったところで交番に届けても意味は無いし、その割に百円って意外と使い道あるし、さてどうしようかと思ってポケットに突っ込んだのだ。
 普通の子ならば『え、何それ』で終わるかもしれないけれど、私が、あの『ミナリエスカ』が、百円ネコババ女だなんて噂されれば、私が築き上げて来た地位と名誉、そして何よりミナリエスカ本家にまで、くだらない噂が流れて挙句の果てに『悦子はダメな子』烙印など押されてはたまったものではない。
「な、何が目的なんですか、ミミミカ」
「あっ……」
「あってなに、あって」
「え? あ、うん。別に? アンタに名前で呼ばれちょっとときめいただけよ」
「素直ですねずいぶん」
「というわけで部活に籍を置きなさい。参加の強要はしないわ。どうせ自分で来るから」
「部活、ねえ。人数合わせですか?」
「人数合わせ如きでアンタ誘うと思う?」
「ずいぶん高評価ですね、私」
「これから私が歩む人生の花道を飾るのに必要だと思ったのよ、この美人ッ」
 罵られているのだろうか。なんだかとにかくこの人は良く分からない。
 幸い部活はどこにも所属していないし、この学院は元からかけ持ち可能だ。部活動に所属して、適当な都合をつけられて振り回される可能性も否定できないけれど、あの映像をばら撒かれるよりはマシだろう。というかあわよくばその結晶ぶん取り返してやらねばならない。
「解りました、解りましたよ。じゃあ籍を置くだけ置きます。入部届けは」
「手持ちが無いわ。部室に行きましょう」
「うん、誘導されているような気がしなくもないですが、まあ仕方ないですね」
「解っているじゃない。そういう敏いとこ、嫌いじゃないわ、悦子」
「馴れ馴れしいですねえ……」
 ばちこーん、とウインクを飛ばして来る。なまじ美人なだけに妙に腹立たしい。
 しかし大仙宮寺のお嬢様が居るとは知らなかった。高等部からの編入生だろうか。
「ところで私、ここ来て三日目なんだけどさ、ここ広すぎ。そう、具体的に言えば、迷子よ」
「ふざけた女ですね貴女。そういう意味で好感が持てます」
「ふふっ。まだ片鱗しか見せていないわ」
「片鱗で留めて頂けるとうれしいですねえ」
 私達が通う『私立聖イリミカリッジ女学院』は幼稚園から大学まである一貫校だ。
 大日本帝國で大神聖教(レガシ教)の伝道に努めた聖人、イリミカリッジの名を冠する、レガシック系学園の中では最古の学校である。
 聖イリミカリッジ女学院は更に専門分野の学校に分かれており、私が通っているのは『聖イリミカリッジ女学院高等部魔法専科分校』だ。
 ちなみに学舎だけでも100以上あり、関連施設や寄宿舎、商業施設などを含めると数えきれない程の建物が乱立している。大帝都の山奥を切り開いて作られた一種の学院都市、都市……いや、市だ。
「ここは第十二高等部校舎よね。ええと、ここの地下……地下ってどこ?」
「はいはい……この廊下を右に行って、危険魔法物質保管室の角を左に曲がって、その先の第六十二図書館の所を上に飛んで、すぐ下に降りて、で……あれ、ここの地下は確か、魔術刻印レベル5の扉で封印されてましたよね」
「殴ったら開いたわよ。開けたら部室にして良いって先生に言われたの。開けたわ」
「対魔術持ちなんですか? 能力としては珍しい」
「物理よ」
「そ、そうですか。まあ行きましょう」
 第十二高等部校舎は、各種校舎の中でも多少面倒な作りになっている。元はハルピュリア(稚翼種)やバーデイア(翼人種)向けに作られた校舎なので、天井が高く、廊下が上に延びていたりする。今語ったルートだけではないけれど、最短といえばこれだ。
 右に曲がって危険魔法物質保管室の角を左に曲がって第六十二図書館の直ぐ隣を上に昇って下に降りて、やっと地下へ続く階段を見つける。かなり奥まった場所で、何のために存在しているのか、いまいち解らない。しかも魔術刻印付きの面倒な扉があった為、まともに魔法知識のある人間は面倒くさがってまず近づかない場所だ。
「本当に開いてますね……ていうか、貴女、途中飛びましたよね?」
「そら飛ぶわよ。飛ぶ必要あるなら飛ぶわよ」
「ああ、なんか何でもいいです、はい」
 魔法専科なら飛びもするだろう。
 木製で、金具の枠が嵌められた、古式ゆかしいお城にあるような扉だ。これを押し開くと、その趣味の悪い部屋の全景が直ぐに見て取れた。私は眩暈を覚えて壁に手を付く。
「なんです、この悪趣味な部屋は」
「知らないわよ。元からここを拠点にしていた貴族趣味の魔法教師でもいたんじゃないかしら?」
 まがまがしい金色の壁紙、どこから見つけて来たのか解らないイリアーネの古代遺跡発掘品、一部は京文化と大陸文化が入り混じって勘違いアメリカンジャパニーズテイストの区画も見受けられる。
 何故か室内なのに白塗りのガーデンチェアが部屋の真ん中に据えてあり、これまたガーデンテーブルを囲っている。
 地下なのに暖炉。これは魔法火炉か。隣に火鉢もある。
 部屋の奥に進むと、何故か天蓋付きの豪勢なベッドがドカンと据えてあり、隣には革張りの立派な五人掛けソファが場所を取っていた。
 絵画類も凄い。
 浮世絵の隣に西洋の油絵があり、その真上にはイリアーネの色砂絵聖人絵がかけられている。織部焼と白磁が一緒になり、その隣ではミスリル鉱石細工の女神像が微笑んでいた。
「無茶苦茶な部屋ですね」
「まあ、嫌いじゃないわ、このカオス味。ようこそ我が部へ」
 ニッコリとミミミカが笑い、手を広げる。まあ性格はアレにしても、本当に嬉しそうに笑う子だ。
「ところでここ、何部なんですか?」
「何の部か解らないのに入ろうとしたの? 迂闊な子ね」
「脅迫されて連れてこられたんですが」
「ここは『地球同性友愛文化研究会』よ」
「帰りますね」
「待ちなさい待ちなさい。せっかちは女に嫌われるわよ?」
「私レズじゃないので」
「処女で、男の気配もなく、市が丸ごと女しかいない学校で暮らしてて、そんなに私好みの顔して、レズじゃないと?」
「なんですかそれ。ぶん殴りますよ」
「美人の暴力は甘美な御褒美とも言えるわ」
「めげませんね。で、何する部なんです、ここ」
「よくぞ聞いたわ!!」
 オーバーリアクションで構え、天井に拳を突き上げ、ドヤ顔で此方を見ている。最高に逃げたい。
「我が地球同性友愛文化研究会は、つまるところ異世界衝突後百年、様々な種族入り乱れる現代日本における、同性間での友好関係の構築と研究を目的とした、深淵で思慮深く、艶やかでさり気ない、時に無口で時に情熱的な美少女後輩のような部よ」
「つまり、貴女が女の子を集める部、で良いんですか?」
「かなーり省略するとそうね!」
(帰りたい)「帰りたい」
「ふふ。まあそう言わないで頂戴。何も本当に女の子を集めてレズレズしようって事ばかりじゃないのよ」
「事ばかりじゃないってことは含まれてはいるんですね」
「そもそも、アンタ達の御先祖様が住まってる衝突側並行世界『イリアーネ』は、女性七、男性三というかなり偏った世界よね。当時の資料を見ると、衝突の直下にあった当時の大日本帝國は相当の衝撃を受けたみたいよ。そしてこの世界の原生女性は戦慄したわ。何せアンタ達、美人が多いから」
「まあ、そうですね」
「そう。当時の世界の女性は相当に嫉妬したわ。でも思いの外女性同士の争いは起こらなかった。それは、アンタ達種族が様々な形態を持ち、それで居ながら共生世界を築き上げて来た歴史が生かされたから。大日本帝國とイリアーネ大陸大公爵位、エルフの『ミナリエスカ家』ダークエルフの『マナエスカ家』ドワーフの『カリナエスカ家』、それに国王を輩出する半人半神(ハーフゴッド)の『ブリミエスカ家』との外交資料や語録を見る限り、立ち回りが凄く上手い。ミナリエスカとマナエスカに関しては、六十年前に戦争したけど、今は昔。そして私達『プラクシム』の人間と混血がすすみ、今やこの世界は当然の如く思っている、そうでしょう、大公爵ミナリエスカ日本分家長女様」
「……政治がしたいの?」
「違うわ。いいこと? 戦争も終わり、多少のいざこざはあれど、安定したこの世界。しかし女の嫉妬は恐ろしいわ。いつ爆発するか解ったものじゃない。恒久的な種族間の友愛を考えるに、小さい所からコツコツと、そう、この学院から発信して行く事によって、異種族間同性交遊の大事さ素晴らしさを理解して行きましょう、という考えがあるわけよ」
「ふうむ」
 大仰に語ったが、つまるところミミミカが言いたいのは『可愛い女の子と仲良くしたい』と言う事だろう。そのままといえばそうだけど、プラクシムヒュムノの女性、つまるところこの世界の女性が少なからずの嫉妬を私達特定人種に抱いている事実は間違いない。
 元から形態が異なる種族が多く、過去はいざこざも絶えなかったイリアーネだ。相当の戦争と外交努力を重ねた結果に齎された平和がある。会話とスキンシップを大切にし、心をもって相手に接しようという態度が、コミュニケーションによるこの世界での衝突の回避につながった。
 しかしもうそれも百年近く経っている。
 確かに、イリアーネ人のような精神文化が残っているかと言われると、クオーターである私も首を傾げる。
 あながちミミミカの話は外れてはいないのだ。勿論欲望は透けて見えるけれど。
「どうかしら。さっきも言った通り、参加の強制はしないわ。アンタが好きな時に来て頂戴」
「ええ、思慮深いのは解りました。貴女がずいぶんなテンションで迫ってくるから、少し驚きましたけど」
「アンタが美人すぎてちょっとビックリしただけよ。凄く好み。凄く。一目惚れよ」
「ぐ……そんな純粋な瞳を向けないでください。解りましたから、入部届けは?」
「ありがとう、嬉しいわ」
 そういって、ミミミカが私の手に触れる。
 しおらしくしていれば、本当に可憐な乙女なのに、なんとも勿体無い。あ、手の甲にキスしやがった。
「ふふっ」
「貞操は気を付けないと」
「そうね。簡単に奪えてしまえては、興ざめだわ。全力で守りなさい。さて。カンナ、カンナー?」
「ふごっ……うえええ……」
 何事か。後ろで声がする。振り向くと、天蓋付きのベッドに横たわる女性の姿が見受けられる。
 どこかで見覚えがある。
 いや、見覚えどころか、忘れる筈もない。
「どうええええ!?」
「んぐっ……なんやのもー、ミミミカ、なにー?」
「ミミミカ、なんで、彼女が」
「なんでって。美人でおっぱい大きいからよ。あとエルフだからよ」
 なんだそりゃ。
「あー。んふぅー……あ、寝た。寝てもうたでウチ……あ、お? ミナリエスカや!」
「そうよ。ミナリエスカよ。引っ張って来たわ。どう、私のスカウト力」
「流石御姉様やで」
「ま、マナエスカ……」
 タンクトップ一枚。下はローグレである。
 浅黒い肌に長い耳。
 深紅の瞳に銀髪は、紛う事無くマナエスカ大公爵家の証だ。しかもその似非関西弁は忘れるに忘れられない。
「豊臣・マナエスカ・神無月(とよとみ まなえすか じゅうがつ)。あ、貴女も引っ張られたの?」
「よろしゅうに、ミナリエスカ」
「カンナ、入部届けどこ?」
 カンナ、は愛称だ。そうでなければ呼び難くて仕方が無い。
「それはー、ココや」
 といって、パンツから取り出す。
「うん。生温かいわ、カンナ」
「せやろ。太閤はん見習ろう入れておいたんや。お姉さんの、匂いつきやで?」
「すん。ん。ほのかに香るわね。はい、悦子」
「お断りします」
 取り敢えず入部届けを叩き落とす。手を打たれたミミミカは、思ったより悲しそうな顔をしている。悲しいのはこっちである。なんで人のパンツ何ぞに入っていた入部届けに署名せねばならないのか。
 私が信長なら尾張ごとコイツを戦国バーベキューにしているところだ。
「ああ、ええなあ、いっつも遠くからしか見れへんけど、近くで観たらまた、えっらい美人やねえ」
 カラカラと笑いながら、ポリポリとお尻をかく姿が、とてもではないが公爵家の娘とは思えない。
 彼女はマナエスカ日本分家の子だ。
 いや、正確には
『大関西なんでやねん帝國』王家豊臣家の子だ。
 ちなみに実家は大帝都で、ガチガチの江戸っ子である。
 目下の目的は国名の改名らしい。
「何か脅されたんですか? じゃなきゃ、こんな人について来ませんよね?」 
「いや、共同部長なんや」
「首謀者ですか、嫌になりますね」
「せやけどな、可愛い女の子沢山おったら、侍らせたくなるやない? ウチな、目覚めてん。男より、女の子好きやって……」
「ああ、いらない目覚めでしたね。唾棄すべき性癖ですね」
「ええ……せやけどミナリエスカ、イリアーネでは同性かて……」
「ああ、ううん。ええと。はい。これで良いですか。入部しましたから。あんまり拘束しないでくださいね。じゃ」
 話が面倒になりそうなので、退却するのが一番だろうと判断する。ミミミカはグイグイ来るし、それよりなによりマナエスカがいるのは、体裁的に多少不味い。
 ミナリエスカとマナエスカは、一応停戦中だ。
 少し昔に大阪が独立する際、ミナリエスカは日本帝國、マナエスカは大関西に付いた。
 彼等曰く『ノリと勢いで軍事同盟結んだった! どや!?』である。
 既に停戦も形骸化していて、争う姿勢すらないのだけれど、ミナリエスカとマナエスカが交わるとなると、何かと外の目が気になる。
「あ、折角来たんやから、もう少しゆっくりしてきーってえ」
「ちょ、ちょっと。離してください……」
 が、しかし、マナエスカの動きは早かった。
 ボケッとしている割に頭も良いし運動神経も良い。私は彼女と初等部の頃から比べられてきた。実家からも『マナエスカには負けないように』と散々言いきかされて育ったので、潜在的にライバル視している。
 彼女個人は天然で、ヘラヘラと笑いながら何でも卒無くこなし、此方と競っているという姿は一度も見せた事が無い。ただやはり思う所はあるのか、自ら近づいて来た事もない。
「ああ、キたわね。いいわ、カンナ、もう少しこう、ぐっと近づいてみて頂戴」
「こうか?」
「あ、ちょ、マナエスカ、胸あたっ……」
「ふぉぉ……キマシッ」
 何やらミミミカが盛り上がっている。此方が嫌がる姿も、彼女のビジョンからみるとかなり腐って見えるのかもしれない。
「楽園だわ。エルフとダークエルフのいちゃいちゃなんて、現実ではなかなか見れないもの。アンタ達の実家の所為ね。ああ、ふぉぉ……おおおぉぉ……」
 ミミミカが悶絶しながら結晶板を構え始める。
 機械式のビデオカメラより単純構造でコピー数も限られているけれど、安価で軽く使いやすく、汎用性があるこれは、魔力発動神経(マギテクス)を持つ人間には好まれる。
 いや、だから録画とかするな。
「ちょ、止めてください。マナエスカ、離して――ッ」
「ええやないのべつに、減るもんやなし。ああ、ミナリエスカ柔らか……」
「んんっ、胸、揉まな、あっんっ」
「ふひひッ! こほん。ま、そのぐらいにしておきなさい、カンナ。明日から来なくなっちゃうわ」
「もう来ませんよっ」
「まったまたぁ。んじゃ、次行きましょう」
 そういって、ミミミカが手を横に真っ直ぐ伸ばす。その先にある古臭いクローゼットの扉が勢いよく開き、なんだか原色が強いコスプレ衣装がギッシリ詰め込まれているのが見て取れた。
「着ろと!?」
「当然でしょう。何のためのエス研なの」
「知りませんよ。そもそも『エス研』ってどうやったらそんな略になるんですか」
「エスはシスターの頭文字よ」
「……」
 言われて気が付く。エスはsisterのS。
 昔の日本で流行った女学生文化であり、年長の女生徒や女教師を年少者が慕い、同性での深い精神的な繋がりや親愛を表現した、一種の精神文化である。
 吉屋信子御大によって書かれた小説はそれが色濃く表現されており、彼女の書籍は女学生のバイブルとまで呼ばれた。当時は一大ムーブメントであり、川端康成なども女学生雑誌に乙女小説を寄稿している。
 長い年月が経ち、今やそんなもの何処にあるのか、と考えていたけど、どうやらこのミミミカはそれがやりたいと見える。
 御姉様、のアレだ。
 が、なんか違う気がしてならない。
「私の知ってるエスとだいぶ違うんですが」
「時代は移り変わり! 表現方法も変わるわ!」
「もっともらしい事言ってコスプレさせようとしているだけですよね!?」
「その通りよ。私は可愛い女の子が隣にいる幸せな生活を送りたいのよ!!」
「せやせやー」
 ミミミカが、私の百円ネコババ動画を収めた結晶板(モノリス)をチラつかせて、いやらしい笑みを浮かべている。まったくこいつはとんでもない女だ。
 これで、あの責任重大なコネクト2の管理を任されている一族の娘だというのだから、勘弁願いたい。
「うぐうぅぅぅ……ッ」
「ああ、葛藤と羞恥で先っぽが真っ赤。ぴくぴく動いて、ふふ、なんだかやらしいわねぇ」
「耳の話やで」
「知ってますよ! ああもう、はいほら、どれ着るんですか!?」
「堕ちたな」
「堕ちたで」
「うっさい変態!!」
 ああ、なんでこんなことに。

 

 4月6日 16時



 それから三十分、あれこれと着替えさせられ、しかも全部モノリスに収められた。
 漸くエス研から抜け出して外に出た頃には、日が暮れ始めている。夕刻の礼拝には間に合わないだろう。
 第十二高等部校舎を出て、気が遠くなるような先の見えない真っ直ぐな煉瓦敷きの道を行く。
 テレポーテーション系の魔法は限定区画以外全部禁止されているので、生徒達はこの道を通って各種校舎に登校する事になる。通行者の衣服をチェックして、気に入らなければはぎ取る妖精メリエ、というイリアーネの神話からとって『ピクス・メリエ通り』と呼ばれている。日本的には奪衣婆だろう。
 こんな通りがあるのも、この学院の生徒数が数万に及んでいる為、生徒にかかる手を省こうという意識があるからだ。
 ちなみにこの通りで校則違反が見つかると、本当に自動設置魔法で違反物を没収される。服も下着もだ。
 一度下着だけ抜き取られる姿を目にして以来、私は身なりに細心の注意を払っている。流石に真っ黒レースのえっちな下着が自動的にはぎとられて空を舞うような醜態を演じさせられる訳にはいかない。
 長く苦しい通りを抜け、バス停に辿り着く。
 ベンチでお喋りしている生徒は件のピクス系とイリアーネヒュムノ系の子だ。
 ヒュムノにも二種類おり、プラクシム系とイリアーネ系に分かれる。
 プラクシム系はこの世界の原生人間であり、大体白人黒人黄色人種の三種類だけど、イリアーネ的には一種類としている。
 イリアーネ系は髪の色が派手で直ぐわかる。そして多少顔の掘りも深い。
 青い色の髪をした子が此方に会釈した。ピクス、恐らくニンフの子は目をパチクリとさせ、笑顔でいる。
「ミナリエスカ様?」
「ええ。ごきげんようです。バス、まだ来ませんね、時間は過ぎてるのに」
 ニンフの子は基本的に身体が小さい。ヒューマンで言う所どう見ても五歳児ぐらいだけど、制服は高等部のブレザーだ。
 声をかけて来たのは、珍しいからだろう。私はクォーターとはいえ、エルフは血が色濃く出ている。
 一度エルフの血が入ると、後六代はそのままエルフとしての特徴が現れる。ただ、そもそもエルフは長生きな上に、ヒュムノと違って繁殖期が十代に一回、以降は五十年に一度しか来ない。とても個体数が少ないのだ。
「お暇なら、占いの一つでも如何ですか、ミナリエスカ様」
 青髪の子が言う。私が振り向いて見ると、彼女の手には色とりどりのイリアーネ産魔力結晶石が握られていた。
「あら、占術魔法士?」
「はい。私、交換学生なので、実家が営んでいまして」
 青髪の子は照れ臭そうに言う。
 それもそのはず、交換学生としてイリアーネからイリミカリッジに来る生徒は、向こうの学校でずば抜けた成績を収めていなければならない。日本語も堪能な所を見ると、相当優秀なのだろう。
「凄く当たるよ。稀代の天才ってお話なんですです」
「タダで占ってもらって良いのかしら?」
「勿論です。私は見習いですので。何を占いましょう?」
 青髪の子がじゃらじゃらと石を撫で、空中に放る。
 赤と黒、白と紫、緑と緋の宝石が中空に留まり、ヘキサグラムを描いて繋がる。
「じゃあ、これからの新しい高校生活、その吉凶を」
「はい」
 光の魔法陣が崩れ、赤と黒が離れ、白と緑が重なり、紫が地面に落ちる。日本でもそうだけれど、紫は高貴な色とされている。それが地面に落ちたのだ。
 青髪の子が気まずそうに苦笑いする。
「楽しい生活になりますね」
「ちゅ、抽象的ですね」
「紫が地面に落ちたのは、権威の失墜です」
「うわ……」
「ただ情熱と固執を表現する赤と黒が離れたので、恋愛事情は上向きですね。白と緑が重なった所を見ると、新しく清涼な出会いがあると解ります。総合的に判断しますと、今の貴女を形作る物には多少罅が入るかもしれませんが、人間関係は良好で、華やかな高校生活になると思います」
 あれが新しく清涼な出会いであるとは言い難い。というか勘弁願いたい。
 恐らく今後あの部には近づかないだろう。あんな所にいたら命と貞操が幾つあっても足りそうにない。
「なる、ほど。気を付けますね」
「いえ。占いは占いです。ミナリエスカ様」
「はい?」
「――い、いえ。なんでも。あ、バス、来ました」
 やっと現れたバスに乗り込み、一番奥の一番右端に座る。今日は部活動も委員会も無い日であるから、生徒数はまばらだ。
 そんな中で新しい部活を立ち上げて私を引っ張りに来る辺り、あの子の周囲との乖離具合が窺える。
 外の光景を眺めながら、あの部について頭を巡らせる。
 本当に、ただ純粋に、ミミミカの趣味で立ちあげられた部なのだろうか、という事だ。
 ミナリエスカとマナエスカ、どちらかだけならば趣味で片づけられたかもしれないけれど、その双方を勧誘して部員にしよう、というのがどうも政治的意図を感じる。しかも集めているのが『あの』大仙宮寺だ。
 大仙宮寺はイリアーネとプラクシムの衝突初期に開いた、二つ目の門を管理している、かなり大きな家だ。大仙宮寺の敷地内に門が開いた事もあるけど、それ以降さらにあの家は躍進を遂げている。
 彼女の名は大仙宮寺宗左衛門丞美々美花。
 宗左衛門丞の名は襲名で、直系の長男長女にしか付けられない筈だ。つまるところ、彼女は今後、間違いなく大仙宮寺の一族を率いる家長となるわけだ。
(――でもあれ見てると、ただのレズにしか見えないけど)
 杞憂であればいいのだけれど、どうしても実家の事情で、勘ぐってしまう。マナエスカはどう思っているのだろうか。
(ま、この広い学校、一度離れてしまえば、まず顔を合わせる事もないし)
 取り敢えず、恥ずかしい映像をばら撒かれない程度に接してあげるのが妥当だろう、と結論付ける。
 それにしても、変な人物が多いこの学院の中でも、今まで居なかったタイプの変人だけど、兎に角美人だ。わざわざあのような脅迫めいた事をしなくても、黙っていれば人が寄ってきそうではある。まして大仙宮寺の名を背負っているとなれば尚更だ。
(適切な距離を考える必要がありそうですね。ま、遠目に見てる分なら……)
 好ましい。
 あまり公にするものでもないので人様には明かしていないけれど、たぶん私は人並み以上に女性が好きだ。ミミミカの私に対する評価はほぼ当たっている。
 初等部に入る前から、ほぼ女性だけで成り立っているこの学院都市に憧れていたし、ミミミカが推進する同性による精神文化に興味があったし、はからずしも『実践者』だ。
 それが性的なものかどうかは、経験もないので解らないけれど、根底にはやはり、イリアーネ人としての遺伝子があるのかもしれない。
(女の子同士ねえ)
 マナエスカが言いかけて私が遮った話は、つまるところそういうものだ。
 イリアーネは女性七割、男性三割。この偏った人口差には理由がある。
 皆寿命が長くて生命力が強く、繁殖に積極的でない事情があり、挙句の果てに産む子供の性別選択が可能である。性別による労働力の格差は、余程の肉体労働や軍人でも無い限りは存在しない形態の種族も多く、男性は一人居れば複数の女性と子を成せる為、女の子を産むように選択する事が多かった為だ。
 その習慣は長い間続けられ、このように偏った人口になってしまった。
 そしてそんなある時、とある村で男が絶えてしまう。
 他の村でも男性は少なく、どこにもやれない状況だ。流石に種だけ付けて去ります、なんていう不貞な事も出来ない事情があった。
 困り果てたその村の人々は、精神生命体種族の一族、リッチのヴァルプルギスに頼った。
 魔道に深く精通した精神生命体の一族は、女性のみで繁殖可能な技術を提供する。それによって、晴れて男性無しでも子供が作れるようになり、その技術はイリアーネ全域に広がった。
 それからもう一万年ほど経っているだろうか。
 基本的に、異種族、同性間でのコミュニケーションとスキンシップを大事にするイリアーネの人々は美しい同性に対する生理的嫌悪や嫉妬が少なく、当たり前のように夫婦として暮らしている場合が多い。
 私は日本産まれ日本育ち、祖母がミナリエスカの純エルフ、というだけで生粋の日本人だけれど、私の魔力や容姿は先祖がえりとまで言われている。
『次は学生寮街入口、学生寮街入口。お降りの方は――』
 そんな事を考えていると、何時の間にか学生寮街に辿り着いてしまっていた。青髪の子と妖精の子に手を振って降り、学生寮街の商店街を歩く。
 生徒数約五万、教師、施設作業従事者、その他諸々を含めると二十万人近い人間が学院都市で暮らしている。学生寮街はそんな人達が暮らす場所の一区画だ。
 プラクシムヒュムノ、イリアーネヒュムノ、ハイミックス(種類を問わない混血)、デビア(魔族)種、エルフ(耳長亜人)種、リッチ(霊精体)種、ピクス(精霊体)種、ハルピュリア(稚翼)種、バーデイア(翼亜人)種、セントール(人馬亜人)種、果てはイリアーネでは一部でしか見受けられないドワーフ(小亜人)種や、ハーフデビア(半人半魔)、ハーフゴディア(半人半神)、更に更に日本原生の超精霊(神)種から亜精霊(妖怪)種まで、挙げて行けば切りが無いほど、兎に角人類の坩堝である。
 丁度レガシ教の礼拝を終えた時間だ、皆食事を取る為にあちこちの飲食店へ足を運んでおり、かなり混雑している。寮での食事は安上がりだけれど、種類が少ない。
 私は人ごみを抜けて『霊我尸神社』(レガシ神社)と書かれた鳥居をくぐり抜け、寮へのショートカットをはかる。
 ちなみに霊我尸神社は、日本にレガシ教が伝わった後日本の一神様として迎えられたイリアーネの創世神レガシを日本風に祭る神社だ。日本文化とイリアーネ文化の礼拝参拝方法が入り混じっており、広義の意味でレガシ教である。これは純粋な信徒よりも原生の日本異種族に人気がある。
「ごきげんよう。六合江」
「あら、悦子じゃない」
 鳥居の先で屯をしていた生徒の一人に見覚えがあった。同寮で生活を共にする、天目一箇六合江(あまのまひとつ くにえ)だ。
 大きな単眼をまばたきさせ、意外そうに此方を見ている。目が大きくてクリクリしていて可愛い。
「今日は遅かったのね。何か用事でも申し付けられたの?」
「いえ、少し面倒な人に捕まってしまって」
「あら、災難。そうだ、食事は?」
「今日は寮で済ませます。メニューは?」
「魚だったかなあ。イリアーネ直送だって、おばちゃん張り切っていたけど」
「……イリアーネのお魚って味が濃いんですよね。私は日本のお魚がいいなあ」
「ま、私も食べるわ。じゃ、みんな、明日ね」
 六合江を伴って寮へと向かう。六合江は何だか嬉しそうだ。
 同級生で、日本原生神族、天津家の分家、天目一箇家の長女である。天照皇族に連なるやんごとない血族なのだけれど、本人は少し子供じみていて、良く皆のおもちゃにされている。
 所謂単眼種で、イリアーネではサイクロプス族がそれに当たる。
 サイクロプス族はカナン王国ミナリエスカ大公爵領の軍事部門を担当しており、そのサイクロプス族との仲介外交官の家柄が、この天目一箇家だ。家族ぐるみの付き合いがあり、幼馴染といっても言い過ぎではないだろう。
 彼女は天目一箇一族の中でも特に重宝される『中央眼』で、右眼、左眼の単眼ではなく、左右対称の単眼を持っている。
 小さい頃から期待されていただけに、彼女が背負う物は大きい。昔は良く泣き付かれたものだ。
「どうですか、そちらのクラスは」
「仲良い子も一緒だし、大丈夫よ。ただ、変なのが一人、編入して来たけれど」
 変なの、と言われると真っ先にあの顔が思い浮かぶ。
「大仙宮寺」
「それ。まさか大仙宮寺の長女がうちに来るなんてビックリだわ。自己紹介でね『趣味は女の子、好きな食べ物は女の子です。大仙宮寺を宜しくね、きゃるんッ☆』とかやりだして」
「ああ、うん。自重しないんですね、彼女。助走つけて殴りたいですね」
「もしかして、あの子に捕まったの?」
「ええ、それはもう」
 掻い摘んで説明する。流石にコスプレさせられた挙句エッチなポーズをさせられた、とは言えない。
「へえ。まあ大仙宮寺は、あの血が混じると全員変人になるらしいの」
「そうですよね、天目一箇家は、付き合いが長いから」
「うん。でも、あの人凄く美人よねえ……」
「それは、確かに」
「あらら、貴女が頷くほどなんだ」
 こればかりは否定出来ない。
 日本人特有の幼さとイリアーネ亜人種の混じったコントラストは、誰が観ても美人だと頷くだろう。
 超お嬢様らしく、黙らせておけばあれほど絵になる人間はなかなかいない。もしかすれば性格が壊滅していても、彼女で良いという輩は沢山いるかもしれない。
「……あ、あのね悦子」
「うん?」
「その部活だけどさ、枠は開いてるの?」
 ……六合江が伏せ目がちに、顔を赤くして言う。まさかとは思うが。
「止めておいた方が……」
「え、それは、なんで?」
「なんでって。先ほどは言いませんでしたけど、無理矢理コスプレとかさせられますよ?」
「別にコスプレくらいなんとも。普段から巫女装束だし、儀式礼装だってコスプレみたいなもんよ」
「――六合江、その、もしかして、アレが気に入りましたか?」
「あ、えと。んんーその……ま、よ、容姿だけで言うなら、その、ど、ドストライクというか……ま、マジでビックリしちゃったというか……見た瞬間、脳味噌に電撃が走ったというか……はあ」
 六合江は昔から、なかなか気の多い子であるのは知っている。
 私が幼少のころから、彼女は事あるごとに『あの子が好きになったみたい』なんて相談を持ちかけて来た。それにしても、相談するにしたってこんな顔をされた覚えはない。
 幼馴染として、親友として大変お勧め出来ないけど、人の好きという気持ちを否定してやる権利など私は有していない。それに恐らく、今回も『ダメ』だろう。
 彼女は素直ではない。兎に角好きな人の前に出ると、暴力的になってしまう。
 サイクロプス族は大柄で怪力と知られているけれど、どうやら日本原生神族の天目一箇一族もその例に漏れないらしく、彼女は小さいながらも冗談ではなく怪力だ。
 私が知るところであると、恥ずかし紛れに壁を殴って家を一軒倒壊させた場面に出くわした事がある。
 幸い人間は殴らないように自重している様子だけれど、好きの度合いが高ければ高いほどに、危機は迫る。
「ど、どーしよ、悦子ぉ。私、あの子見たらぶん殴っちゃいそうッ」
「まあ、刑務所に差し入れぐらいは行きますよ」
「まだ殺人で捕まりたくないわ。ああでも、死体を損壊するんじゃなく死体になる過程で損壊した場合って罪が重くなるのかな……」
「ミンチより酷いとか勘弁してください……」
 そんな話をしながら寮に辿り着く。今日の放課後から散々な想いをしたけれど、寮ならばそんな生活と心を乱すような輩の顔を見ずに済むだろう。
 第七十一高等部寮はレガシ神社の鎮守の杜の脇にひっそりと佇んでいる、年季の入ったアパートだ。ミナリエスカがそんな所に、とは言われたものの、私はこの雰囲気が好きで自分から入寮した。
 夕暮れの小路に、山へ帰るカラスの姿と鳴き声が、小さい頃歩いたミナリエスカ分家での光景を思い出させる。こんな光景に郷愁を感じるというのだから、私はこの容姿でも日本人なのだな、と実感出来た。
「ただ今戻りました」
「ただ今戻り……ん?」
 靴を脱いでスリッパに履き替える。木製の廊下に上がると、その狭い間に荷物が積まれていた。もう入寮生は三月中に引っ越しを終えている筈だけれど、飛び入りがあったのだろうか。
「寮長」
「ん。よう」
 丁度炊事場から出て来た寮長『ミーアナイト・ドラコニアス』先輩に声をかける。
 赤髪でハスっぽく、言葉使いも粗い為勘違いされやすいけれど、それは種族的なものであるし、本来はとても面倒見が良い。
 ドラコニア(竜亜人)種は仕方が無いのだ。
 常に眠そうにしているし、代謝が良すぎるので常に何か齧っている。今も立派なベーコンを丸かじりしている。彼女達は媚びることを知らない。
「新しい人が来たんですか? 入寮手続き終わっていますよね」
「手続きは終わってたぞ。入るのが遅れただけだ」
 そういって、彼女は鱗の光る尻尾でもって荷物を尾指す。
「あら、そうなの。お名前はなんて?」
「なんだったかな。すげえ長い漢字の名前だよ。面倒だから手前で確かめろ」
「あ、私すっごい嫌な予感します。すっごい」
「えー……もしかしてー……」
「んーふふーんんーふふーららー……ヘイ、そこの竜亜人種の美人先輩。これからお食事どう?」
「んー。おごりなら食うぞ」
「あらん。本当? じゃあ近くのホテルも予約しなくちゃ……ってここホテルあるのかしら。あ、悦子? 悦子じゃない!? うわ、悦子だ!!」
「勘弁してくださいマジで」
「うわー……うわー……」
 階段から鼻歌交じりに降りてきて、呼吸をするかのように女の子を口説き、わざとらしくビックリする彼女は件のアレであった。果てしなく今の現実を否定したいけど、ミミミカは嬉しそうに近寄ってきて私の手を握りだす。
 六合江の目線が痛い。
「え、何。悦子と大仙宮寺って、もうそういう関係なの? ふーん」
「いやいや。六合江、私がこの人格破綻者とそういった関係になる可能性は万に一つも有りませんよ」
「驚くべき低確率で私達は運命的に出会ったのよ。万に一つなんて誤差でしかないわ。更にそれを縮める為の努力をしてこそ、恋であり、繋がりあって愛だと思うの、私」
「ぐぬ……え、と」
 六合江が間誤付きながらミミミカに視線を向けている。
 それに気が付いたミミミカが私から手をアッサリと離し、直ぐに六合江の手を握る。
「単眼巨亜人より日本人的、天目一箇家の子ね? あら、お目目がくりっくりしてとても可愛らしい。中央眼ね。と言う事は、天目一箇の巫女、皇族に仕える身」
「あ、え、と。そ、そうよ。ほ、本来なら、アンタみたいな屑の滓の塵が触れて良いような存在じゃないわ?」
 流石に行き成り手を繋がれるシチュエーションは想像だにしなかったのか、いつも以上にツンケンしている。普段お前そんな事言わないだろう、という言葉は押し殺した。
「と、いうかクラスメイトだったわね。あのクラス美人が多くてあちこち目移りしてしまって……ごめんなさい、お名前はなんて言うのかしら?」
「く、六合江よ。天目一箇六合江。き、気安く呼ばないで頂戴?」
「六合江ね。素敵。大仙宮寺宗左衛門丞美々美花よ。大仙宮寺をしているわ。ああ、可愛らしい……こんな子を見落としていたなんて、一生の不覚だわ。なんてお詫びしたら……そうだ、これからお食事はどう? あ、そうそう、皆で食事にしましょう。どこか選ぶのも面倒だし、寮でいいわね? ああ、こんな美少女達に囲まれて食事出来るなんて……イリミカリッジって本当にいいところねえ?」
 べらべらとまあ、よく喋るものだ。私は呆れてものも言えない。
 六合江はどうだろうか。彼女は――顔を真っ赤にしていた。私とミーアナイト先輩は同時に離れる。
「わ、わわ、私……あ、ああ」
「うん? どうしたの、六合江? あ、私の事はミミミカとよん」
「あああああっッッ」
「でぇぶぇえーッ」
 ゴスン、という重い音が響く。
 腰の入った六合江の右ストレートがミミミカの顔面にクリーンヒットした。
 これはヤバい。私とミーアナイト先輩は衝撃波に構える。
 それから直ぐ、周囲に置いてあった調度品や掃除用具入れが勢いよくあちこちに散った。
「ぐぬぬっ」
 他の種族ならいざ知らず、見た目どう見てもプラクシムヒュムノであるミミミカが、六合江の攻撃をまともに受けたのだ。私はあまり彼女の方に眼を向けたくない。頭が飛んでいる可能性がある。
 様々と考えが頭を巡る。これは、政治問題になるのではないのか?
「く、六合江、今のは……ヤバイ」
「あ……わ、私……は、恥ずかしくて……あ、み、ミミミカ?」
 五、六メートルは吹っ飛んだだろうか。
 放物線を描いて寮の外にまで放り出され、頭から地面に落ちるのを目撃していしまった。頭は付いている様子だけれど……これは無事では済むまい。
「一応救急車……って……ええ?」
 私が鞄から携帯電話を取り出そうとしたところ、なんとミミミカは起き上がり此方を見ている。
「仲間にしますか?」
「お、お断り願いたい耐久力ですね……ミミミカ」
「ふえっ!?」
 殴った張本人の六合江が涙を流しながら驚き顔でミミミカを眺めている。
 そりゃあ驚く。何せミーアナイト先輩が、齧っていたベーコンを床に落とすぐらいだ。
「久しぶりだわ。私をここまで吹っ飛ばした奴は……」
「ていうか、顔も無事ですね」
「ん? ああ。私は防御魔法得意なのよ。パッシブで物理攻撃を遮断するスキルがあるの。高等魔法だから、まあ高校生程度で覚えてる子も少ないでしょうけどねえ?」
「う、嘘でしょう。アタックガーディアなんて、大魔法の類じゃありませんか」
 おかしいおかしいとは思っていたけど、その直感は正しかったらしい。
 中等部から魔法専攻であり、潜在魔力が頭一つ超えている私ですら、そんな真似はとても出来ない。
 普通、あれだけの攻撃を防ぐだけの魔法となれば『詠唱四節』を必要とする。彼女はそれが、パッシブスキルだというのだ。
 無茶苦茶だ。その魔法技術があれば、今すぐ東京の帝國大学で教授を務められる。
「六合江、私は大丈夫よ? ふふ。解るわ。こんな美人に突然手を掴まれたら、驚いてしまうものね。私の配慮が足りなかったわ。次からは、ゆっくりねっとり、触るようにするわね?」
「あ、えと……わ、悪かったわ……」
「気にしなくていいのよう。ま、その代わりと言ってはなんだけれど、お友達になってくれるかしら?」
「え? あ、ま、まあ、なってあげない事も、ないわ?」
「あら良かった。ふふ。順調だわ。ここにきてお友達がたくさん増えて、私もう、嬉しくって仕方が無いの! ねえ悦子?」
「え、私ってお友達の範疇なんですか?」
「ち、違ったとすると、結構ショックね」
「……まあ、はい。良いです、お友達で。で、無事ならお食事しましょ、お腹すきましたし」
 取り敢えず、平然と流す。
 本当に、先祖がえりとまで言われた魔力を有する私のプライドが一撃で砕かれるような場面に遭遇してしまったけれど、あまり悟られたくない。
「――マジか……」
 動揺を隠す私の隣で、ミーアナイト先輩が呟く。
 それは、今まで見た事のない、興奮と恍惚を露わす、どこか淫靡な表情だった。
「寮長?」
「ミミミカとか言ったか」
「ん? ええ。ミミミカよ、先輩」
「ミミミカ、私の女になれ」
「ふぉあ!?」
「おっほ……これはビックリね」
 マジですか寮長。
「マジですか寮長……」



 4月6日 20時



 大仙宮寺宗左衛門丞美々美花、入寮。
 第七十二高等部寮は十五人の小数寮で、新一年生は私を含めて五人、二年と三年も五人ずつだ。レガシ神社の鎮守の杜にあるこの寮は喧騒から離れており、人数も少ない事から、静かな環境を求めてやってくる子が多い。常に睡眠していたいミーアナイト先輩もその類である。
 基本的に寮規則は緩く、小難しい決まりごとはない。全寮共通で『身勝手に魔法を行使しない』『身体の大きな子には配慮する』『みんな仲良く』など、一般常識程度のものである。
 ただこの『身体の大きな子には配慮する』は多少曲者だ。
 アラクネやセントールなど、脚が沢山ある人種はどうしても二足歩行人種の生活環境では暮らし難い。当然他の寮や施設は、それに対応した作りになっているものの、この第七十二高等部寮は生徒数増加に合わせて急きょ古いアパートを買い取ってでっち上げたもので、プラクシムヒュムノ向けでしかないからだ。
「悦子様、少しお尻押して?」
「はい、行きますよ、せえのっと」
「んふぅっ」
「へ、変な声あげないで、エリーネ」
 由緒正しき純セントール種、エリーネ・勅使河原の大きなお尻を押し、浴場に突っ込む。だから止めろと言ったのに聞かず、彼女は私を追いかけてこの寮に入寮した。
 どうあってもここはヒュムノや小型亜人向けだ。建てつけも悪いし、入口は小さいし、天井も低い。
「エリーネ姫で良いのかしら、呼ぶ時は」
「ええ? 姫はやめてくださいよぅ」
「んふふ。でもおっぱいは女王様ね。ふむ。96ぐらいかしら。これだとJカップね」
「わ、なんで解るんです?」
「あーあーあー。ミミミカ、そういうセクハラ止めてあげてください」
「ふむ。悦子は88の、Fね。これもまた、白くて艶やかでもっちりしてて、美味しそうだ事……」
「じ、ジッと見ないでください。ああもう」
 物凄く遠慮したかったのだが、ミミミカが『何にせよまず裸の付き合いをして、腹を割って話す事により今後の高校生活が充実するし健康になるし彼女が出来る』などとなんやかんや言いだし、押し切られる形で皆でお風呂に入る事になってしまった。
「えと、ミミミカちゃん?」
「ミミミカで良いわ。宜しくね、エリーネ」
「うん。悦子様、面白い方ですねえ?」
「面白いか面白くないかで言うと微妙で、面白い部分もありますが面白くない面も多々あるので、総合的に判断するとやや面白くありません」
「おっと言うわね子猫ちゃん」
「獣亜人じゃなく耳長亜人です。ハイミックスに近いですが」
「エルフ味濃い目よね」
「味とか言わないでください……もう、貴女が居ると何も進まない。早く身体洗って下さい、お風呂も狭いのだから」
「ええ、そうしましょうそうしましょう。エリーネ、お尻洗うの大変でしょう。お手伝いするわ?」
「本当? ありがとぅ」
「ああ、エリーネがふわふわしてて、ミミミカがガツガツしてて、果てしなく不安です」
 彼女はお姫様だ。
 元はイリアーネの東島国、独自文化を築いていた人馬亜人種達の楽園『ケンタウレス王国』王家一族の親類で、コネクト3が開いた頃に日本に移住してきた。
 帰化している為国籍は日本人だけれど、帰化先の日本でも人馬亜人と交わり続けているので、ほぼ純正である。勅使河原の苗字は帰化時に適当につけたらしい。ちなみに王位継承権は第3位だ。
 本人はまったく政治的な意識はなく、将来の夢は漠然と『お嫁さん』だという。こんな無垢な子を毒牙に掛けようというのだから、この女には恐れ入る。
「ねえところで」
 ミミミカがスポンジを泡立てながら、チラリと此方を見る。
「悦子様。ね。確かに良く呼ばれているけれど、この子が呼ぶとニュアンスが違うわね?」
 鋭い。嫌になる鋭さだ。
 ミナリエスカ大公爵家故、様をつけて呼ばれる事が多いけれど、悦子に様を付けて呼ぶ子はこの子だけだ。
 エリーネが初めて私の前に現れたのは中等部1年の頃。
『エリーネと言います。あの、御姉様になってください?』
 何故か疑問形でそのように言い放たれた。否定するに出来ず、なし崩し的にそう、私と彼女は『姉妹関係』にある。
「それは、悦子様が、私のむぐぐ」
「長い付き合いだから、親愛を込めてそのように呼んでいるんです、エリーネは」
「ふぉぉん? にゃるほどぅ?」
「なんですかその顔」
「いやあ。ニュアンスがさあ。どうにもこうにも『御姉様♪』ってカンジなのよねえ?」
「ふぁえああむごぐぐ」
「勘違いでしょう。エスに夢見すぎて少し頭が茹っているのでは?」
「ねえ悦子」
「なんです」
「私の事御姉様って呼んでみてくれる?」
「例え頭に六節魔法(ヘクサマギクス)を食らわせると脅されても嫌です」
「そんなに」
 ミミミカが驚いたように、自分の足元に石鹸を置いてそれを自ら踏んづけて転ぶ。あそこが丸見えなのだけれど、気にしないのだろうか。あ……ずいぶん綺麗だ。
「そんなに」
「大事な事でしたか」
「ま、いいわ。じっくりやるから。ああ、楽しみね。冬の日、暖炉の近くで地べたに座り、イリアーネの大詩人モリオルの詩篇を読みながら寄りそって、私がそっと貴女の手に手を重ねる。視線を向けると、貴女が私を本当に、聞こえるかどうか、解らないぐらいの声で、御姉様、と囁くその未来が!!」
「ずいぶん具体的ですね。まあ一生ないでしょう。ねえエリーネ」
「はい。だって悦子様は私の御姉様ですし?」
「ほらやっぱりそうじゃない!!」
「もう何でもいい……疲れる……」
「それは結構ショックだわ。貴女の疲れ顔に免じて今日は止めましょう。さ、エリーネ、そのむっちりとした栗毛のお尻を突き出しなさいな」
 ……。
 ミミミカにあんな事を言っておいて、私自身は妹がいる、という現実は、彼女にどう受け取られるだろうか。なんともかんとも、このヒトは評価し難い。
 まだ出会って数時間、評価する材料がないとも言えるけれど、このヒトは常に、誰にでもこのテンションで迫っているように見える。
『動くな……私はレズだ』
 まあ、実に無茶苦茶な初遭遇であったけれど、彼女の行動や言動に、私は悪意が感じられない。政治目的という訳ではなさそうであるし、彼女の求愛行動は万遍ない。
 彼女自身は疲れないのだろうか。
 本当にこれが『素』の状態で、偽りのないものなのだろうか。
「ところで、寮長は」
「ん? 暫く物凄い勢いで迫られたのだけれど、眠くなって寝たみたい」
「ああ、うん。カロリー消費が多い人ですからね。私、あんな顔したの初めて見ました」
 お風呂に浸かりながらミミミカの表情を窺う。基本的に自分から行くタイプの彼女が、迫られた場合どんな反応を見せるのかと多少気になったものの、行き成り襲ったりはしなようだ。
「あんな人もいるのね」
「あれは特殊でしょうけど。たぶん、戦闘本能が呼び醒まされたんじゃないでしょうか」
「ああ。戦いに明け暮れた竜亜人の、しかもかなり純度が高そうだし、ねえ。自分より強い人とパートナーになる習慣があったわね」
「満更でもありませんか」
「……えへへ。人に求められるって凄くうれしいわ。私、ここ来るまでお友達もいなかったし」
 確かに、唯我独尊で無茶苦茶ではあるけれど、友達がいない、というのも変な話だ。
 カンジは悪いけど、大仙宮寺の名前に釣られてやってくる輩もいただろう。逆にそれが理由だろうか。
「そう、なんですか」
「あ、でもでも、本命は貴方よ? 私、貴女がとても好きなの。信じられないくらい。貴女を通学途中に見つけた時、この人が欲しいって、この人に求められたいって、そう思ったのよ」
「ああ、それ解りますよう。悦子様は美人だし、優しいし、お料理も御裁縫も魔法も得意なんです」
「そうでしょうそうでしょう。私の悦子は凄いでしょう」
「貴女のじゃないです……でも、その。こんな事自分でいうのもなんですけど、私がそんなに魅力的でしょうか。黙っていたら貴女だって、よっぽどなのに」
「私は絆が足りないわ。経験も、知識も、友情も愛情も感情も、全部全部足りない」
 そういって、ミミミカがお風呂から上がり、一人で出て行ってしまう。
 今までに見せなかった表情が垣間見れた。触れられたくない部分だっただろうか。でも、それにしては、嫌そうな顔でもなかった。
 保留。
 彼女の評価は保留しよう。
 私を気にかけるのも、沢山の女の子に声をかけるのも、あんな部活を作るのも、何か理由がある筈だ。



 4月6日 21時



 お茶を飲みながら詩篇を読む。
 今日は湿気も少なく気温も高めなので、裏庭のテラスで静かにしているのに丁度良い日だった。
 燃焼蒼石(ランプライト)の明りの横で心を静めて、流暢なカナン語で書かれた短い詩を読んでいると、日本人である私も、戦乱の中に身を置きながら筆を走らせた詩人の気持ちに浸れる。
『山脈連なるこの先は、火矢と魔火飛び交う苛烈な土地だ。貴女はそれでも行くという。ただここで、私と語らうだけでは飽き足らず、自らを激動の中へと投じてみたいとそのように言う。私は止める事など出来はしない。例えどれだけ愛しかろうと、私は貴女の好奇な心を止めるだけの繋がりを、持つには至らなかったのだから』
 モリオル作『大詩篇』の『姉妹』だ。
 今から三千年ほど前の作品で、モリオルが戦乱の中慕い続けた複数の女性達との親愛と友情、悲しみについて書かれている。古典文学として有名で、授業などでも題材にされるほどメジャーなものだ。
 イリアーネの女性同性友愛文化の礎ともなっている。
 モリオル自身はエルフである為、相当に寿命が長かった。その間、一体どれほどの女性達と交流したのか、しかも作品が多い為、未だに全てまとめ切られていない。
 エリーネに淹れて貰ったお茶を一口して、空を見上げる。
 ここは大帝都とはいえ山奥、星が良く見える。
 この空はあちらには繋がっていない。ただ、もの自体はほとんど同じだ。
 最大大陸イリアーネの呼称から『イリアーネ』と呼ばれるあちらの世界は、住んでいる人種、生態系、物理法則や魔法概念、工業力の差こそあれど、世界そのものはほぼ同じなのだ。
 最新の研究では、土地の浮き沈みはまた別として、プラクシムにおける大陸移動がなかった、統一大陸パンゲアそのものが、イリアーネにおけるイリアーネ大陸であるとされている。
 産まれて十六年、元からここに住んでいる私からすると『へえ』程度だが、衝突直後の双方の人間達は、一体どれほど驚いただろうか。
 並行世界の存在が証明され、全く違い生態系と文化を用いた人々が全く違う生活を送っている。
 科学と魔法の融合によって、人類はかつてない英知を手に入れた。私達はその恩恵にあずかり、平穏無事に今を暮らしている。
 イリアーネとプラクシムの資源戦争こそ無かったものの、大日本帝國ミナリエスカ合同軍、大関西帝國マナエスカ同盟軍による独立領土戦争や、アメリカ合衆国カリナエスカ同盟軍によるカナダ侵攻、ロシア帝國による亜人排除運動(亜人の冬)、更に小さく挙げて行けばきりが無いほど戦争は存在したものの、全て今は昔、という形になっている。
 日本は日本原生神族の存在があり、亜人に対する否定感が少なかった事があった為、排除運動にあった亜人達も皆日本に移り住み、迫害を免れた。
 しかし人種、文明、資源による衝突は、人類である限りは避けられない。
 言ってしまえば、まだたった百年しか経っていない。エルフの寿命からすれば、まだ一世代目だ。
 私達ミナリエスカは過去の教訓を生かしながら、多種多様な人類と和解してきたイリアーネの歴史を温めながら、この先の未来を見据えて行く使命がある。
 そしてその中でも。
「あら、ここに居たのね。良いところ」
「五月蠅いのが来てしまいましたね」
「ふふ。望まれていない所に現れるのが私よ。大仙宮寺である限りは、宿命だわ」
 大仙宮寺。
 コネクト2は衝突門の中でも最大規模を誇っている。
 移民を推奨し、移民の生活と人権を徹底的に保護、保証し、教育に力を入れ、経済支援し、帰化政策を進め……日本がどこの国よりもイリアーネからの移住民が多いのは、全てこの大仙宮寺の政策故だ。
「これ、返しておくわ」
 そういって、ミミミカがモノリスを取り出し、私に差し出す。
 どういう事か。
「良いんですか」
「良いわ」
「何故。脅されないと、私はあの部に参加なんてしませんよ?」
「大丈夫よ。私と貴女はお友達なのでしょう。お友達は、人を脅したりしないわ」
「過程が問題である気もしますけど……ま、そういうのなら」
 モノリスを受け取り、指で折り曲げる。紫色の光を放ち、それらは全て損壊した。
 ミミミカが私の正面に座り、庭の桜の木を眺め始めたので、私もそちらに視線を移す。燃焼蒼石に照らされた桜は青白く輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「綺麗。良い所ね、ここ」
「ええ。実は、下見の時にここを見て、この寮に入ろうと決めたんです」
「その気持ち解るわ。冬は少し寒そうだけれど、だだっ広いだけの私の家とは違って、小さく趣きが良い」
「大仙宮寺本家ですよね。宗左衛門丞と言う事は、もう継承済み。本物の、純粋な大仙宮寺」
「まあ、解るわよね、ミナリエスカだもの。ええ。私はコネクト2を任された人間よ」
「若いのに大変ですね」
「それと、ええと、驚かないで聞いてほしいの。ミナリエスカなら、まあ驚かないかしら?」
「――なんですか」
 何か、少し残念な気がした。
 改まった彼女の顔は、今日様々な場面で見せたミミミカの顔ではない。凛としていて、それを見ていると心を空くような気持ちになると同時に、酷く不安になる。
 彼女の言動や行動は、全て打算されたものだったのではないか。
 大仙宮寺として、ミナリエスカから期待される私に、政治的や経済的な意味を求めて近づいたのではないのか。
 そして今、彼女はそれを告白しようとしているのではないのか。
 ミミミカが口を開く。
「大日本帝國が敷く儀式術者階位第四位。大陰陽魔法位。二つ名を『八咫の大鏡』というわ」
「な――う、うそ……」
 眼を見開く。
 違った。想像していた告白と違ったけど――むしろ、その告白の方が余程驚く。
 ミミミカが胸元を開き、そこに刻印された梵字を私に見せる。
『カーン』不動明王印だ。お洒落のタトゥーなどでは無く、それ自体が魔力を帯び、ほの明るく光っている。そもそもこれを偽造する技術は無く、偽造したとしても、かなり重い罪に問われる。
 立ち上がり、引きさがり、私は地面に膝をついて頭を下げる。ほぼ反射的だ。
 夕方に見たあの異常なスキル、そして大仙宮寺という名が説得力をもって迫る。
 冗談じゃない。つまり、こいつは。この人、このお方は。
「や、やめて。ああもう、お願い、頭を上げて頂戴よ」
「し、しかし――その、大陰陽魔法位ともなれば」
 大陰陽魔法位ともなると、世界中のどんな魔法士もひれ伏す程の権威と魔力を有している事になる。
 つまるところ攻勢魔法士としての頂点に位置する。私ごときが頭を並べていて良いような人間ではない。
 それならば、パッシブスキルのアタックガーディアとて納得だ。この人が本気を出せば、一つの県丸ごとに防御結界を張れるだろう。
 でも、けれど、ではなぜ、そんなお方がこんな高校で高校生をしているのか。
「お願い……やめて、頭を上げてよ、悦子」
「け、けれど」
「お友達でしょう。お友達は、土下座したりしないわ。ああ、明かさなければ良かった……また、友達、いなくなっちゃうよ……」
 顔を上げる。
 ミミミカは、涙を流して俯いていた。
「あ、アンタぐらい気位が高ければ、私なんて何とも思わないと思って、喋ったけれど……そうなのね、私の位って、ミナリエスカすら頭を下げざるを得ないんだ……嫌になる」
「……」
 どうするべきだろうか。私は、彼女にどう接すれば正しいのだろう。
 その立ち場は、万人を畏怖させる。強すぎた力を持つ人間は、やはり恐れられる。
「お願いがあるの。お友達で居て欲しい。あんな事をして、悪かったわ。でも、どう接すればいいか、まるで解らなかったの」
「それは……どうして」
「お風呂でも話したでしょう。貴女が好きなの。す、好きな人に、どう近づいたら正しかったの? 何の接点も無い子に、逃げられないようにどうしたらよかったの? わ、私。アンタの顔みたら、わ、訳わかんなくなっちゃって……」
「……はあ」
 立ち上がり、改めて椅子に座り直す。泣きじゃくる姿は、年相応の乙女だ。
 例え核爆弾並の魔力を秘めていようと、その精神性は同い年の少女と変わりないのだろう。
 私は、自らの軽率な行動を後悔する。
 確かに、ミミミカの告白は衝撃的だったけれど、立場によって恐れられたり、無駄に敬われたりするのは、自分も経験して来た事だ。
 その度に面倒くさかったり、そして悲しい想いをしたりと、今までして来たのだ。
 彼女の過去にどのような辛い記憶があるのか、私には解らない。ここにいるのも、それなりの理由があるのだろう。
 滅茶苦茶で、筆舌にし難いレズだけれど――きっと彼女は、周りが、自分が、まだ何も解らないのかもしれない。
「で、ミミミカ」
「あっ――、う、ん」
「どう接してほしいんですか? お友達? ちょっと遠慮したいですねえ」
「あ、はは。そ、そっかな。ごめん……なさい」
「取り敢えず、部員の件は了承しましょ。それに、今日出会ったばかりで、私は貴女の事を何も知りません。行き成り友人も恋人も難しい。そうでしょう?」
「うん、うん」
「まず部員として接しましょう。沢山お話して、いろんな事をして、友達と言える仲になれば、それで構いませんか?」
「悦子……」
「それと……ごめんなさい。軽率でした。貴女の気持ち、まるで考えていなかった」
 彼女の顔が明るくなる。嬉しそうな表情だ。燃焼蒼石に照らされる彼女の笑顔は、驚くほどに美しい。
 本当に、参ってしまう。
 性格だけじゃなく、その存在そのものが、無茶苦茶だなんて。
「嬉しい。嬉しいわ、悦子!」
「そうですか、そりゃよかっ……ちょっ」
「うふふっ」
 ミミミカが私に縋る。ささやかな胸が私の顔に押し付けられて、何とも苦しい。
 あ、凄く良い匂いする……。じゃなく、止めて欲しい。
「ふむぐっ、ぐぐっ」
「ああ、悦子! 愛しているわ! これから沢山思い出を作りましょう! 部員も沢山集めて、沢山笑って沢山泣いて、沢山、そうだ、エッチな事しましょう!!」
「勘弁してくだしゃい……」
「もう! 悦子ったら恥ずかしがり屋さん! 恥ずかしがり屋さん!!」
 ミミミカが抱擁をほどくと、私の目の前に顔を突き出す。
 何をしでかすのかと思いきや――柔らかい唇が私の唇に重なった。
 衝撃のあまり、声が出ない。ミミミカの鼻息がこそばゆい。
 五秒ほどだっただろうか。はたと気が付き、私は彼女を押して返す。
「ぷあっ! な、なななななな――何するんですか!?」
「私の初めて、アンタにあげるわ!」
「いらなかった!! 貴女の初めてなんていらなかった!! なんか重い、凄く重いです!!」
「まあ、酷い事言うのね、悦子は! あははっ!! ああ、本当によかった!!」
「はああぁぁ……ああもう、何がよかったんですか……」
「うん? ああ、家と国の役目全部ほっぽり出してね、ここの学院長脅して入学したのよ!! そう、いわば逃走の身なの!!」
「え、えええええーーーー!!」
「アンタに逢えて、本当に良かった。私、今すごく、幸せよ?」
「こりゃ、参ったなあ……」
 本当に、とんでもない女に好かれてしまった。
 全魔法士が羨む大陰陽魔法位にして、性格破綻者にして、レズだ。
 一体こんな奴、何処を探せば見つかるだろうか。二人として居て貰いたくは無い。
 占いの結果を思い出す。
 まあ、新しく清涼な出会いではないかもしれないけれど――私の高等部での生活は、この子がいる限り、まず、暇を知らない日常になりそうだ。
「……ミナリエスカ、お前、私の女に何してるんだ?」
「……え、寮長?」
「そうかそうか、お前はそういう奴なんだな。くくくっ……」
「うふふっ。私ったら、モテモテねえ! ミーア、怒っては駄目よ? これは親愛なる友人に対する儀式みたいなものなのだから!」
「ミ、ミミミカがそういうなら……」
「うわ、寮長にダメ人間属性がついてる……」
 本当に、私はこんな奴の隣に居て、大丈夫なんだろうか。
 冷静にカップを手にして、紅茶を口に含む。
 今日の紅茶は、なんだか妙に渋かった。



 継続世界の百合まみれ 了



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